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コスモス会は、五井先生提唱の「世界平和の祈り」を実践しているグループです


世界人類が平和でありますように

 霊妙な波動へ変化しつつある地球世界A   尾崎晃久



 人類一人残らず救うための平和の祈り

 しかし、世界平和の祈りをしている皆様方は、自分が救われているからといって、それだけでは満足できないのではないかと思います。自分だけでなく、自分の周りの人たち、お祈りしていない人達や、自分勝手な生き方をしている人達、人類すべてが救われてもらいたい、こう思っておられることと思います。また、そのための世界平和の祈りであるわけです。
 世界平和の祈りを祈ることによって、人類の汚れた波、争いの波、神様の大調和の御心から外れた業波動が浄められてゆきますので、それだけ人類の本心を早く開かせる、真理に目覚めさせる働きをしていることになります。そうすると、人類が受ける波動調整の痛みや苦しみも少なくて済み、天変地変や不幸・災難が小さい形で防がれていくわけです。 
 五井先生は、このようにお書きになられています。
「キリスト教的にいう、最後の審判の日に、どれだけ多くの人々が永遠の生命を得てゆくか、神と人間との真実の関係を知り得てゆくか、私は、そういう人々の一人でも多かれと、道を説き続けているわけなのです。最後の審判とは、この人類が高次元波動体に変貌する日のことであって、予言では、多くの人々がその波動に達せず滅亡してゆく、ということになっているのでありますが、そのためにこそ私たちの世界平和の祈りが生れたのであります。 
 これはキリスト(真理)の再臨と等しきことであるのです。キリストということを、イエスという肉体人間と思ってはなりません。イエスが真理を現わした時が、イエス・キリストなのであり、釈迦も老子も法然も道元も、実はみなキリストを現わし得た人々なのであります。
 そうしたキリスト者が、地球人類の神の子人類への昇格か破壊かの瀬戸際に立って、世界平和の祈りという祈り言を通して、最後の審判を無事に通過させようとして、結集して働きつづけておられるのであります。(途中略あり)」(日本の心 白光出版)
  
ここにありますように、昔からの予言では、最後の審判の際に、人類の3分の2が滅んで、残った3分の1の立派な人間で地上天国ができる、というものもあります。
 また、最近言われている説でも、次元上昇が起こると、その変化の波に乗れる人と乗れない人がいる、精神の低い人たちは自然淘汰されていく、との考えもあるようです。意識の目覚めた精神の高いものだけで理想的な世界を創って、精神の低いものは進化についていけず、淘汰されて滅んでしまっても仕方ない、というのでは、その考え自体が神様の御心から離れたものでしょう。
 何故ならば、神様は愛する我が子をみんな救おうと思っていらっしゃるのですから、自分達さえ救われたらいいという想いが、すでに自己本位の業の思いであります。仮に、自分の家族や親しい人が、業の想いのままの生き方をしているとして、この人は地球世界の進化についていけないだろうが仕方ないなどと、とても思えるものではありません。
 五井先生が提唱された「世界人類が平和でありますように」の祈りは、単に、肉体人間が誰しも思うような、世界は平和になるといいなぁ、戦争は嫌だよという、懇願的な想いとは根本的に異なります。そうではなく、地球世界を救おうと思って働いておられる神々の方から、肉体の五井昌久先生の器を通して、人類に、この祈りを祈りなさいと呼びかけてこられたものです。
 世界平和の祈りを祈ると、そこに、あらゆる神々、聖者、開祖方が総結集された「救世の大光明」が響き渡って、あらゆるカルマの波を浄め尽くすのです。個人を専属に守ってくれている、守護霊、守護神を含め、そういった愛なる神々の存在をはっきり知らないと、人類は全て救われると、絶対なる確信を持って言うことはできないと思います。
 五井先生は、昭和40年代のご法話でもこう仰っておられます。
「神々は、一人残らず、自然淘汰されないように、みんなを引っ張ってゆくつもりなんですよ。それで苦心しているんです。いらないものは掃除してしまって、残るものだけが残ればいいというんじゃないんですね。私なんかも一人残らず救いたいと思って、そのつもりで働いているわけです。だから、できる限り多くの人々を、進化させてゆきたいと思うんですよ。そのために、人類を一人残らず救うために、やはり世界平和の祈りが必要なんですね。」
 神様を信じる、善良なものだけを救えばいいのだったら、神様も楽なのかもしれませんが、そうではなく、信じないものをも、祈らないものをも、業に覆われた、欲望にまみれたものをも、救い上げて本心を開かせようとなさっておられるので、そこに神々の大変なご苦労があるわけです。
 皆様方のように、自分の方から積極的にお祈りしようという人はすでに救われているに決まっています。だから、自分の救われなんか一切心配する必要はありません。皆様方の肉体を使って、世界平和の祈りに結集されている救世の神々が、地球人類を救おうとなさって働いておられるのです。勿論、苦しいときは、五井先生助けて!と、自分自身の救いを求める気持ちで縋ってくださっていいのです。だけれども、自分の救いを求める気持ちであっても、どういう想いで祈ろうと、このお祈りをしているということは、世界人類を救う働きをしていることになっているのです。
 やはり、悪い生き方をしている人が、何の痛みもなく救われるということはないでしょう。自分の生き方が誤っていたということを悟って、生き方の方向性を変えないと真の救われにはなりませんから、そこに至るまでに、業の浄めとしての苦しみはあると思います。
 それは当然で、皆様方のように、世界平和の祈りを祈って菩薩として人を救おうとしている人たちであっても、過去世の因縁の消えてゆく姿として、色々とご苦労を経験しているのですから、まして、人のために平気で悪い事をしているような人が、何の痛みもなく、簡単に救われる道理がありません。だけれども、できるだけ苦しませずに、人類を進化させたい、というのが神様のご愛念ですから、そのご愛念に応えて、我々は世界平和の祈りを祈っているわけです。
 現在、2012年の次元上昇の話題に関心を持っている人の中には、単なる興味本位の人もいるでしょうけれども、純粋に道を求めている人もいるでしょうから、上手く、世界平和の祈りの道を橋渡ししていければ良いと思います。心ある多くの人たちに、世界平和の祈りの真意を理解して頂いて、本格的に神性顕現の道を歩んでいかれることを願ってやみません。

 

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(風韻誌2012年3月号収録)